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大分市議団

素敵なドラえもん集団      6月30日(木)

「おなか記」の第一回目は、私自身について書こうと思う。

4年前の大分市議選のまっただ中、前任の議員団事務局の方が病気で退職することになり、その後任として、私に声がかかった。私には任が重すぎるとためらったが、とりあえず、機関紙業務と、市議団の窓口受付でいいということだったので、深い意味も考えず引き受けることになった。

「どうして私が?」と、迷いつづける私に、当時相談にのってくれていた方は、「運命かもしれないよ」と、笑って背中を押してくれた。
けれど、独特の雰囲気による緊張と、知らないことだらけの上に機械オンチの私は、ただオロオロするばかりで、役に立つはずもない。劣等感と、場違いな仕事という意識がついてまわり、やめるチャンスばかりをうかがっていた。当時の私は心身共につかれて、ずいぶんやせ細ってしまった。

そんな私が4年間もこの仕事が続けられたのは、4人の議員に励まされたからである。彼らは家族のための時間や、自分のための時間をさいてでも、日夜住民のために動き回り、常に活動の先頭に立ち、機関紙の拡大、配達、集金といった地味な仕事も受け持ち、疲れも見せず、愚痴も言わず、こころざし高く頑張っている・・・・ その姿に私は、すっかり胸を打たれてしまった。

どんな形にせよ、この仕事を引き受けた以上は、少しでも議員たちの役に立ちたいと、私は強く思うようになった。また、同時に議員の姿を通じて、共産党の活動の素晴らしさを知った。私も社会を少しでもよくするために、自分でできることから参加してみたいと感じ始めていた。

いちパートに過ぎない私に、4人の議員はやさしかった。何も知らない私に、丁寧なアドバイスや指導をしてくれ、いつも対等平等に接してくれる。議員であるという特権意識などは微塵も感じさせない。彼らの誠実で民主的な態度に、私は驚きととまどいを感じながらも、次第に居心地のよい職場だと思うようになった。

ドラえもん集団のようなわが議員団──(もちろんジャイアンは議員団長の大久保さん。しずかちゃんは紅一点の小手川さん。のび太とスネ夫は広次さんと福間さんがときどき入れ替わりつつ・・・)の、ドラえもんに私がなれたらいいなと、4年間必死で走ってきたように思う。いまだにドラえもんにはとてもなれないけれど、私の議員たちへの思いは変わらない。

そばにいて、その活躍を見ているだけでも、幸福な気持ちになれる。ここにいて、本当によかったと心から思う。

おなか記 第1回