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広次忠彦のホームページ
広次 忠彦 (ひろつぐただひこ) 議員
 所属委員会

  
文教常任委員会

  都市環境・国体・交通対策特別委員会
1 市議会議員になろうと決心したきっかけは?
 学生時代(32年程度前)に、日本共産党の政治へのあり方と未来社会像に共感して入党しました。卒業後、中小業者運動にたずさわり、働く人たちが報われる政治への転換を強く求めるようになりました。その後、青年運動にたずさわっているときに、立候補の要請を受けました。「政治を変えて、暮らしやすい社会を」という運動を、議員という立場からやることも一つの方法と思い決意しました。
2 議員生活の中で一番印象に残っていることは?
 最初の一般質問でしょうか。準備はしていましたが、やはりあがってしまったことですね。それ以来充分以上に準備することを心がけています。
 被爆写真パネルの展示・貸し出し、ワンコインバスの実現など、みなさんと取り組んだことが実現したこともうれしいですね。
3 議員として活動する上でのモットーは?
 どうすれば市民生活が向上するか、提案型の活動に心がけています。執行部への直接要望も、議会質問も、その人・地域の要望の実現を求めると同時に、全市的な問題かどうかを検討しています。市民からの相談にはていねいに対応するように心がけています。
4 自分の性格の自己分析は?
 問題意識のあることには集中するけれど、興味のないものにはほとんど無関心。集中するまでに、時間がかかることもありますね。市民の方からの要望で、問題意識をもつことがよくあります。
5 小さい時はどんな子どもだったのですか?
 小学校のころまでは「そこにいたの?!」といわれるくらいに、めだたないようでした(いまもそうでは?)。農家の3人兄弟の3男坊で、祖父母が別居という家族のため、家事の一部(食事の配膳、掃除や洗濯の片づけなど)が役割として「定着」していました。両親と兄2人は農作業に出ていましたから。余談ですが、家事手伝いは、いま役立っています。
6 あなたの趣味は?
 土いじりをしていると気持ちがやすまりますね。
7 最近の映画や本で感動したものは?
 最近観た映画は、『日本の青空』『母べえ』で、どんなときにも説を曲げないこと、平和な暮らしは日々の私たちの努力にあると思いました。『ホテル・ルワンダ』を観たとき、ユダヤ人を救った大使、杉原千畝を思い出しました。人種差別、戦争は絶対許せません。
 本では、藤沢周平の時代小説にすこしはまっています。ある文庫本出版社をもう少しで読破です。
8 あなたにとって家族とは?
 睦みあい、育ちあっていけるところでしょうか。
空気のように、なくてはならないけれど、日ごろはあまりありがたみを感じていない人たちです。なにごとかあると、他人への感情以上に激怒することもありますね。心がけていることは、できるだけ本人の希望がかなえられるように、「助言」「支援」することです。
9 あなたにとって日本共産党は?
 学生時代の不安や迷いに回答をあたえてくれた党であり、いま最も信頼をしている党です。党員個人も組織も、成長の過程にあり、失敗することなどもあると思います。しかしそれをのりこえてきた歴史が示すように、今後も自己分析をしながらすすんでいく政党だと思います。だからこそ一員として活動できると思っています。
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